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ピンチはチャンス! 明浜に新しい風を吹き込む、「天晴農園」とは!?

ピンチはチャンス! 明浜に新しい風を吹き込む、「天晴農園」とは!?

明浜のみかんを後世に伝えるため、2020年3月に結成し活動を開始した「天晴(あっぱれ)農園」。リーダーの片岡星也(せいや)さんをはじめ、メンバーは片岡正嘉(まさよし)さん、宇都宮晃仁(あきひと)さん、上甲信輔(しんすけ)さんの4名。メンバー全員が実家のみかん農家を継いでいますが、小さな頃からみかん農家を継ぐ気だった方、そうでなかった方、みかん農家になった理由は皆さんそれぞれ。ただ、みかん農家を継いだ後に立ちはだかった現実は、「明浜のみかんを残していけないかもしれない・・・」という厳しいものでした。今回のインタビュー記事では、天晴農園さんにお話を伺います。

明浜で作っても「明浜のみかん」として売れなくなるかもしれない・・・

左から天晴農園の上甲さん、片岡(正)さん、宇都宮さん、片岡(星)さん

廣瀬:今回は4名の方に一斉にインタビューをさせていただくということで、インタビュー記事が始まって以来の一番人数の多い回です。みなさん、お若いですよね!?まず自己紹介をお願いします。

片岡(星)さん:本日はよろしくお願いします。メンバーは全員20~30代です。僕は、天晴農園のリーダー兼イケメン担当・・・ウソです(笑)、ムードメーカーの片岡星也です。よろしくお願いします。

宇都宮さん:天晴農園最年少スマイル担当(笑)の宇都宮晃仁です。よろしくお願いします。

片岡(正)さん:天晴農園の生き物係(笑)、片岡正嘉です。

上甲さん:最年長でアイデア担当の上甲信輔です。よろしくお願いします!

廣瀬:皆さん、よろしくお願いします!まずは、天晴農園を結成されたきっかけから教えていただけますか?

片岡(星)さん:明浜には40歳以下の農家さんは、現在16名しかいなくて、農家の高齢化は深刻です。僕たちは明浜の「後継者の会」で顔なじみになり、そこから明浜のみかんについて話すようになりました。狭い地区なので、小学校が同じで顔は知っている・・・ということはありましたが、がっつり明浜のみかんについて話すようになったのは、ここ数年です。

そして、2020年に「天晴農園」を結成して、みんなで明浜ブランドのみかんを販売していくことを決めました。大きなきっかけになったのは、明浜でみかんを作る人が減り、明浜共選場(農産物を出荷するためにより分けるJA農業協同組合)の共同施設)でみかんの量が集まらなくなってしまったため、近くの「玉津共選場」と一緒になり、玉津のみかんとして明浜のみかんが出荷されることになったことです。そうすると、みかんを出荷するときに「明浜」の名前がなくなってしまう。明浜で作っているのに明浜のみかんとして販売できなくなってしまうとなったとき、自分たちで「明浜のみかん」を売っていこうと決めて「天晴農園」を結成しました。

廣瀬:なるほど、明浜で作っているのに「明浜のみかん」として販売できなくなるという危機感から天晴農園を結成したのですね。

実際に4人でチームを組んでみて、衝突したりすることはありますか?

片岡(星)さん:それが、今のところはなくて、みんな仲良くやっていますね。適材適所というのか、阿吽(あうん)の呼吸というのか。自分が得意なところをそれぞれにやってますね。

廣瀬:例えば?

片岡(星)さん:農業系、みかんの生産についての技術的なことでは、静岡県にある果樹園研究所興津拠点に入所し、柑橘について専門的に学んでいる、あっくん(宇都宮さん)に、僕は経営や広報の分野で発信したりしています。しんくん(上甲さん)はアイデアマンで、僕がなんとなく思いついたことをブラッシュアップしてくれます。まさくん(片岡さん)は、頼れる兄貴的な存在です。

廣瀬:絶妙なチームワーク!!みなさん、本当に仲がいいのですね!

自然が相手!大変なことがあっても仲間がいれば笑い飛ばせる!

 

廣瀬:皆さん、ご実家のみかん農家を継いでいるものの、小さな頃から農家を継ごうと思った方と継ぐ気がなかった方がいるとお聞きしています。

上甲さん:僕は高校を卒業して専門学校を卒業してから兵庫県の建築関係の会社で働いていました。実家の農家を継ごうとは全く考えていなかったんですけど、今の嫁さんと出会って、将来のことを考えた時に、実家に帰って農家を継ごうかなって考えるようになったんです。

正直、はじめは嫁さんに反対されました。でも、最終的には明浜に一緒に帰ってきてくれて、今は農家を継いでいます。だから、僕の目標は、嫁さんが明浜に来て、農家をやってよかったなって思ってくれることなんです。

廣瀬:素敵すぎます!奥さまは幸せですね。実際に農業をしてみてどうでしょうか?

上甲さん:会社みたいに決まった就業時間がないので、自由にできていいですよ。そういった魅力はあります。自分で頑張った分だけ返ってくるのでやりがいもあります。

廣瀬:柑橘について専門的に学んでいる宇都宮さんはいかがでしょうか?

宇都宮さん:小さい頃から父の仕事を見ていて、みかん農家になることが将来の夢でした。

僕は、みかん以外の仕事をしたことがないので比べられないのですが、静岡の研究所を卒業して明浜に帰った時、柑橘について勉強しているものの、実際にみかんを作って販売していくとなると思った以上に大変でした。仕事なのでお金の部分ももちろん考えなくちゃいけないので。やっぱりそれまではふわふわしていた部分がありましたね。そして、実際に明浜に帰って農家をするぞ!ってなった時に、農家の高齢化や後継者問題を深く知るようになって、自分が思っている以上に地域は深刻なんだなって思いました。

片岡(正)さん:僕は、動物関係の専門学校に進学してペットショップで働いていたのですが、23歳の時に明浜に戻って祖父からみかん農家を継ぎました。

小学校の時は祖父のみかん摘みの手伝いをしていて、半分冗談でしたが、「将来は、じいちゃんのみかん農家を継ぐ!」って約束していたんです。今でもその時のじいちゃんの嬉しそうな顔が忘れられません。

自信を持って美味しいみかんを売るには、それまでにいろんな工程があります。それを突き詰めていくのは自分の性格にあっていると思うので、美味しいみかんを追求していきたいなって思っています。

 

廣瀬:リーダーの片岡さんはいかがでしょうか?

片岡(星)さん:前職は大きなスポーツ施設を作る土木の現場監督をしていました。

いつかはみかん農家を継がなくちゃって思ってはいたものの、踏み切れないでいた時に、

地元の広報誌でまさくん(片岡さん)の「どこの産地でも高齢化、後継者不足は『ピンチはチャンス』ではないか」という記事を読んで、みかん農家を継ごう!と決意しました。

土木の仕事は、人と喋って仕事を進めていくんですけど、木って喋ってくれないから、そこが始めはどうしていいかわからなくて難しくて・・・。でも木の色や状態をみたり、天候を考えたりしながら手を掛けていくと、すごく素直に反応してくれて、美味しい実をつけてくれるんですよね。それがかわいくて楽しいなと今は思っています。また、通販で販売をするようになると、お客さんの声が直接聞けるんですよね。美味しいよって言ってもらえたら嬉しくて頑張るし、酸っぱいって言われたら「なんでかな?」って考えるし、コミュニケーションをとりながらものを作るのは、前の仕事と変わらないですね。

なので、できるだけお客さんと近いところで農業をやりたいなって思っています。

廣瀬:皆さん、いろんな想いを抱えながら農家になって、みかんを作っているのですね。実際に自然相手の仕事は大変なことも多いと思うのですが、いかがでしょうか?

片岡(星)さん:そうですね。天候は自分たちで決められないので、なかなか難しいのですが、それに対応する知恵や経験はあります。とはいえ、台風とかには、負けちゃったりもするんですけどね。西日本豪雨災害の時は、もう神に祈ることしかできませんでした・・・。

でも、しんどい時も仲間がいると励まし合えるし、笑い飛ばせるんです!

どうしようもないことはどうしようもないので、励ましあって次のステップに進む。それしかないです。そういう時に、仲間っていいなって思います。

ブランディング、販路拡大など皆さんの助けが必要です!

廣瀬:天晴農園さんは、エールラボでコミュニティを立ち上げてくださっています。エールラボえひめではどのようなことを期待していますか?

片岡(星)さん:まずは、僕たち「天晴農園」について知ってほしいです。

明浜のみかんをいろんな方に知ってほしいし、食べてほしい、好きになってほしいと思っています。エールラボえひめを通して、今まで天晴農園を知らなかった人が、知ってくれるきっかけになるだけでもすごく嬉しいです。

廣瀬:コミュニティにはどのような方に参加していただきたいですか?

片岡(正)さん実は今年、JA(農業協同組合)を抜けたので、大きな販売先がなくなりました。そこで、これから販路を拡大していきたいと思っているんですけど、そのあたりの知識もないのでアドバイスをいただける方に協力していただけると嬉しいです。

また、明浜のみかんを「天晴農園」のブランドとして売っていきたいので、ブランディングやECサイトでもアドバイスをいただける方がいてくれれば頼もしいです。

もちろん、みかんの摘果や収穫などのお手伝いをしてくれる方も大募集です!!

遊んでいるように見えても、真剣そのもの!!「天晴農園」らしいみかんを作っていく

廣瀬:これからの天晴農園さんの目標を教えてください。

片岡(星)さん:「天晴」って天が晴れるって書きますよね。今は明浜のみかん農家って高齢化や後継者不足でしんどくて、明浜自体も衰退していっているように見えます。でも、これから僕たちが頑張ることで天が晴れて、光をみんなに与えられるような存在になりたいという想いを込めています。

まずは「天晴農園」として特徴のあるみかんを作ることが目標です。愛媛のみかんってどこのみかんも美味しいんですよね。農法や糖度にこだわって、「天晴農園らしいみかんだね」ってお客様に言ってもらえるような、特徴のある尖ったみかんを作っていきたいです。

そして、いずれは法人化して事業を拡大していきたいと思っています。明浜に帰りたくても仕事がなくて帰れない人もいるので、みかんを作る作業だけじゃなくて、事務とか雇用にも繋げていけたらいいなって思っています。

廣瀬:皆さん楽しげで、面白おかしく活動しているように見えても、地域やみかんに対しての想いはすごく真剣だなと感じました。

片岡(星)さん:そこなんです!ふざけているように見えても、美味しいみかんを作っていることが大事だと思います。遊んでいるように見えて、みかんが美味しくなかったら「なんだ・・・やっぱり!」ってなるじゃないですか。だから、絶対に美味しいみかんを作らなきゃいけない。その上で、自分たちのしていることが明浜の人たちにも刺激になったらいいなって思っています。実際に、自分たちがしていることを見て、明浜の他の若い人たちもグループを作って活動しよう!という動きが出てきているんです。

廣瀬:すごい!そんな風に良い影響が周りに出はじめているんですね。最後に読者の皆さんにメッセージはありますか?

片岡(星)さん:僕たちの活動を知って、応援してもらえるだけでも励みになります。SNSで「いいね」をもらったり、ダイレクトメールで励ましのお言葉をいただけるだけで、頑張ろうって思えます。

「明浜に行ったことがないけど、コロナが落ち着いたら遊びに行きます」っていうメッセージをもらったりしているのですが、そんな風に遊びに来てくれる人が増えて、明浜自体も盛り上がってくれたら嬉しいなって思っています。

あと、先述させてもらった通り、エールラボえひめで立ち上げさせてもらったコミュニティに、販路拡大やブランディング・ECサイトへのアドバイスをいただける方に参加してほしいと思っています。みなさん!どうぞ宜しくお願いします。

団体の概要

天晴農園

プロフィール

片岡 星也(かたおか せいや)

1991年生まれ。天晴農園リーダー

土木の現場監督として働いていたが、天晴農園のまさくん(片岡さん)の広報の記事を読んだことがきっかけで、実家のみかん農家を継ぐことを決意。明浜で農業の楽しさや技術を伝えるため日々奮闘中。趣味は釣りにミニチュア作成。

プロフィール

片岡 正嘉(かたおか まさよし)

1989年生まれ。天晴農園の生き物係

動物関係の専門学校に進学し福岡県のペットショップで働き、23歳の時にみかん農家に転身。どこの産地でも後継者不足は同じ、「ピンチはチャンス」と捉えて真面目に楽しく農業と向き合っている。

プロフィール

宇都宮 晃仁(うつのみや あきひと)

1995年生まれ。天晴農園の癒し係

楽しそうにみかんの話をする父親の姿に憧れ、幼い頃からみかん農家になることを決意。静岡県の果樹研究所興津拠点に入所し、柑橘について学ぶ。20歳で明浜に戻りみかん農家に。ガンダムとドライブが好き。

プロフィール

上甲 信輔(じょうこう しんすけ)

1982年生まれ。天晴農園のアイデアマン

兵庫県で建築関係の仕事をしていたものの、結婚を機に実家のみかん農家を継ぐことを意識するように。県外から一緒に明浜に帰ってくれた奥さんに「明浜に来て、みかん農家になってよかった」と思ってもらうことが目標。

コミュニティ紹介

明浜のみかんを後世に残していきたい

参加者募集中

団体

こんにちは!僕たちは西予市明浜町でみかんを作っている若手農家4人組です。 後継者不足などの理由から、「明浜みかん」のブランドが衰退してしまうことを防ぎたいと思っています。 僕たちの大好きな『明浜みかん』の美味しさを、日本中のもっとたくさんの方に知ってもらいたいと思っています。 「明浜みかん」のブランディング、販路の拡大、また生産のお手伝いなどにご協力いただける方から、アイデアやアドバイスを募集します!!

設立年

202108年

所属人数

19人

コミュニティ主担当

片岡 正嘉

活動エリア

西予市

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